正福寺跡

四万十川

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四万十市

鎌倉初期の承元2(1208)年、法然上人が土佐に流罪となったので、中村では寺を設けて待ったが、上人は讃岐に留まりました。その時設けた寺は龍珠山正福寺と呼ばれ、浄土宗京都知恩院の末寺とされています。一条時代末期、寺は一時衰微したようですが、間もなく空大和尚によって再興されました。次の長宗我部時代にこの寺は、幡多郡代 谷忠兵衛の庇護をうけ、忠兵衛の位牌、墓所及び長宗我部信親の位牌もあったといわれますが、江戸時代山内藩政下ではそれらはすべて姿を消しています。明治4(1871)年に廃寺となりましたが、同36年に場所を移して再建されました。
(看板引用)

正福寺跡

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