奥御前宮

四万十川

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四万十市

この場所は、承久(1221年頃)の昔、土御門上皇の幡多遷幸の際の行在所跡で、そこに建つ奥御前宮は上皇が京都鞍馬の貴船神社から勧請したものであり、社紋が菊花であるのはそのためだ、といわれています。長宗我部時代の記録では「ヲクコンセン宮」とあり、「金仙」即ち釈迦を祀る小祠であったと考えられます。祭神はミズハノメノミコト(水神様)であり、江戸時代には山内家の崇敬も厚く、2回再建した棟札があり、この時代から奥御前宮と呼ばれています。北側の老杉は、大正河内神社、十和河内神社のものと共に3大神杉といわれています。
(看板引用)

奥御前宮

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